100人以上の不登校体験談

野球の強豪校を不登校により転校、自信を取り戻し東京6大学に進学

 

私の子どもは、運動神経に恵まれていてスポ-ツが得意でした。

たいていの競技で、すぐにうまくなってしまいました。

主人が野球が好きで、地元の少年野球チ-ムに参加させていましたが、すぐに頭角をあらわし、いわゆる4番でピッチャーとして有名になり、他県からのスカウトも注目される存在になっていました。

その時に、かなり天狗になっている状態ではありましたが、同年齢の子たちとの差は歴然でしたので、まあそんなものかと思っておりました。

中学校を卒業して、隣の県の強豪野球高校から声がかかり、そのまま進学しました。

その高校の野球部に入り、一年生としてレギュラーに入るものと本人は信じていたみたいで、勘違いしたまま高校生活が始まったのでした。

強豪高校だから、全国から凄い子供たちが集まってきているので、レギュラーにいきなりなれるわけはないのに、今までの田舎の経験で、何をしてもすぐに一番になれるという記憶がブレ-キをかけることになりました。

一学期はなんとか学校もクラブも続けていましたが、二学期になると実力差が本人にも分かったようです。

クラブを休むようになり、学校もあまり来ていない、いわゆる不登校の状態であると連絡がありました。

親としては心配で、寮に出かけてゆき、息子の話をまず聞くことから始めました。

「ここにいる意味がないのだ」と暗い顔をして話す息子に、「確かに、上にはうえがいる、ただ、うまくなる時期は人によって違うから・・・少し野球から離れてみなさい」というアドバイスをしました。

そして、地元の高校に転入手続きをすることにしました。

進路のことを考えると、強豪高校にいる方がいいと思いましたが、本人がつぶれてしまったら何もなりません。

本人の意向を尊重しながら、高校生活をつづけた目の苦肉の策でした。

その後、息子は元気を取り戻し、地元の高校の野球部に途中加入し、すぐにエ-スのポジションを獲得することになりました。

ただ全国にはすごい選手がごまんといることは、身にしみてわかっているので、天狗には決してならず、その後、東京6大学に進学し、野球部のレギュラーとして活躍しています。