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大人の発達障がい|子どものカウンセリングから自身の過去や特性を知る

最近、自分自身の心の奥にあるものが出てくる。

子どもの時のことです。ふとした時に蘇ってくる。

家族とのこと。特に母。言われた言葉。

子どもの時に言われた言葉って こうやって残っているんだとわかった。

潜在意識として残っているんだね。

 

学校に行ってた頃の気持ち。いじめられた思い出。

子どもが不登校となってから、自分自身の学生時代を振り返ることが多い。

懐かしい思い出。良い思い出もある。

でも、トラウマとなっていたような「闇」の部分も出てくる。

娘の通院、カウンセリングがきっかけです。

 

臨床心理士とのカウンセリングでは家族のことを聞かれます。

1回目は親だけでした。娘の生まれてからの成長についてだけじゃない。

自分の両親、兄弟、兄弟の子どものことも聞かれた。

 

娘の特性。どんな子だったか。好きなもの。苦手なもの。

話しているうちに、私にも当てはまることがある。

学校、集団生活での生きづらさ。

人と合わせること。なんか自分は違う。抱えていた違和感。

 

自分も娘と同じように幼稚園では登園拒否をしていた。

年少・年長と同じ担任となった。特別扱いの子。

今だったらグレー、もしくは診断がついたかもしれないね。

ネットもないので調べなかった。そのまま育った。

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私には得意なことと、どう頑張ってもできないことがある。

とても極端です。凹凸があるってことだよね。

周りがあっさりとできることができない。

なんで みんなできるんだろうと。そんな簡単?って思った。

 

きっと その能力が抜け落ちてるんだと思ってきた。

努力しても無理。なら、抜けてる部分は他の人に補ってもらえばいい。

今だと、身近にいる主人ですね。

ハムドクター

医師に あなたもかもしれないねって言われた。

うまいこと生きてきたね。ご主人に感謝しなさいって。

医師に言われたのは初めて。

会話をしているうちに医師もそう感じたんでしょう。

 

娘とは違うタイプだと思う。似てる部分もあるけれど、そんな繊細ではない。

小さい頃は変わった子。大人になってから(若いころ)は天然。

 

ただね、娘のように 周りに必死で合わせて生きてこなかった。

空気が読めない。時には人間関係のトラブルとなった。

一人が楽だって、一人でいる時間を選んだ。

 

漠然と もしかしたらって思ったことはあった。

甥が自閉症。その時に調べた。自分にも当てはまるって思った。

30歳近くになってからです。

 

普通とは違ったかもしれないけど、自然と得意なことを活かして、苦手なことは避けてきた。

今さら検査や診断はいらない。

だから、母が私のことを扱いづらかったのかなって思った。

納得できてスッキリとした気持ちになった。

娘が不登校にならなかったら、気づかなかったことだと思う。

 

これね、もっと早く知っていたら どうだったのだろう。

楽になったのか。それとも悩んだのか。

私の人生はどう変わったのかな。

私の場合は診断がつかなくて良かった気もする。なんとなく。

 

【追記】2021/2/24

NHKあさイチ|コロナ禍で深刻化?大人の発達障がいについて

番組で取り上げられました。中年以降の発達障がいについてです。

認知症との違いについても説明されていました。

 

私も中年なんですが、子ども時代は個性で済んで診断をされていない人は多いと思う。

今の子どもたちのように検査や療育を受けていない。

 

自分はコロナ禍の前、子どもが不登校となったことで考えるようになりました。

何か大きな環境の変化で気づく人も多いと思う。

 

急に深刻化したのではなくて、もともと生まれつきだったけれど、環境によって顕著化した。

それまでは適応できたけれどできなくなった。

 

あとは、職場、学校、社会、家庭の寛容性もあると思う。

苦手を個性として受けとめられるかどうか。

本人の工夫や周囲の配慮でどうにかなるものか。

・会話が噛み合わない

・気持ちを察してもらえない

・こだわりが強く融通が効かない

すごく、特別なことには感じませんよね。

ただ、これって相手にとってはストレスとなり、人間関係のトラブルとなる。

 

なんらかの発達特性、ASDやADHDの部分を持っている人は多い。

気づかなければそのままなんだけど、本人、周りが困り感があると気づくんですよね。

 

子どもの発達障がいもそうですが、明確な境界線はない。

社会に出て、仕事をして、家庭をもって、困り感、支障が出る場合に「障がい」として感じ始める。

ならば、自分の特性を活かたり、居心地の良い関係でいられる人に恵まれればいいと思う。

 

けれど、それも難しいんですよね。環境を変えるってなかなか難しい。

カサンドラ症候群の問題もあります。今度はパートナーが生きづらさを抱えてしまう。

 

今はメディアの影響で、これ自分も当てはまるかもって思う人も多い。

そのレベルなら知らなくてもいい。鬱のような受診が必要な二次障害もある。

 

理解されやすい世の中になっているようで、何か違う気もします。

生きやすい、もっと寛容な社会となることも大切ですよね。