100人以上の不登校体験談

中学・高校と不登校|没頭できる世界を見つけて変われた体験談

この記事では、募集した体験談を紹介します。

 

書いてくださった方本人
不登校となった時期中学2年生、高校3年生
きっかけ祖父の死、人の視線
その後の進路などフラワーアレンジの道
学習方法

ハム鉛筆

私は現在40歳です。最初の不登校が中学2年生の冬。きっかけは祖父の死でした。

 

初めて 身近で死を目の当たりにしたことで、多感な時期とも重なり、当たり前の日常に疑問を抱くようになりました。

 

なんで生きるのか?なんで死ぬのか?なぜ勉強をするのか?なぜ学校へいくのか?

 

心身に一種の混乱が起こったのかもしれません。

 

 

祖父は肺がんだったため、日に日に衰えていく姿も見るため、それを当時は受け止めることができず、お見舞いへもほぼ行けなくなりました。

 

あんなに元気で威厳のあった祖父が病によってこんなにやせ細り話せなくなっていく…初めて死について考えるきっかけになりました。

 

 

2回目の不登校が高校3年生の冬。

 

他者との比較に悩み自分を好きになれなく外出(登校)するだけでも人の目が怖くなり家からでなくなり不登校につながりました。

 

母は勉強の遅れを心配し、当時の担任の先生と連絡を取り合い、参加できる行事から少しずつ登校をするようになりました。

 

 

やはり、自分が自身に向ける視線や他人からの視線を過度に意識しすぎたせいで、10代ならではの楽しみを味わえきれなかったのはもったいなかったと思います。

 

 

しかし、その後は自分が没頭できるフラワーアレンジの世界に出会い大きく世界が変わっていきました。

 

自分の好きな事に出会うと、信じられないくらいのバカ力を発揮し、今では海外へ一人で行き来するようになりました!

 

みんなと違う不登校の経験は、自分と向き合う大切な時間だったんと思います!

 

結果オーライ!!

葉っぱ区切り線

 

中学、高校と2度の不登校のお話から、最後はとても明るく締めくくられています。

 

不登校の原因の中に、家族との死別もあると知りました。

 

喪失感や悲しさもとともに、「死」を身近に考える時期がありますよね。

 

繊細な子ほど、考えすぎて不安が大きくなるんだと思います。

 

少し違いますが、今年の5月、夢をきっかけに「死」について考えるようになりました。

 

一人っ子ということもあり、親が他界した後に自分が孤独になる。どんどん不安に陥ってしまいました。

 

家庭だけでは対処できなくなり、カウンセリングを受けるきっかけとなりました。

 

2度目の不登校の、人の視線が怖くて学校に行けなくなるのは娘と同じです。外出も怖くなりました。

 

その状況を見ているので、海外に一人で行くまでになれるとは!! なんと頼もしい(*^-^*)

 

好きなこと、夢中になれることに出会えば そこまで変われるのですね。

 

こんな風に変わっていけたらいいな。読んでいて とても元気が出る、希望が持てる体験談でした。

管理人より

 

他にも、たくさんの経験談を紹介しています。
まとめ記事はこちらです。

不登校とその後の進路|本人・家族・関わった方の体験談