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引きこもりの必要性|ひきこもり・ニートの定義とは?どんな状態を言うの?

先日、不登校の定義について書きました。

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年間30日がポイントでしたね。

(この定義が7日に変わりつつあります。)

 

続いて、「ひきこもり」の定義について考えてみました。

 

ひきこもりは漢字で書くと引きこもり(引き籠り)

検索では引きこもりが多いですね。どっちでもいいのかな?

 

最初に言っておきますが、「ひきこもり」の状態は、時と場合によっては必要なんです。

これは、主治医に言われた言葉です。

 

この言葉で、ひきこもりのイメージが変わりました。

世の中では、ネガティブなイメージが先行しています。

でも、自分を守るために安静にしている状態なんです。

 

ひきこもりに好きでなったんじゃないんです。

以前は、お友達と遊ぶのが好き、一人でいるのが寂しい子でした。

安心できる場所が家、自分の部屋だけになったんです。

安全基地ですね。

 

自宅が病室のイメージ。ここでしっかりと休む必要があるんです。

心の重たい風邪を引いている状態です。

外に出ることが怖い。不安障害から引きこもりに。

 

最初は焦りました。外に行かなくなった。人と会わなくなった。

話さなくなった。ずーっと部屋で何してるんだろうと思いました。

日光にも当たらないし、動かない。不健康だよね。

 

こんな状態が長く続くことが本当に心配でした。

今も受け入れつつ、ほんとは心配しています。

それでも、家ぐらいは居心地良くいさせてあげたいと思っています。

 

模様替えをして、部屋を広くしました。

自分の部屋でリラックスでき、部屋からも出てきやすい環境にしました。

どうせ家にいるなら、二人で楽しく過ごそうと。

悩んで泣いてばかりの時期もあったけれど、それじゃ二人とも潰れちゃうからね。

明るい不登校、ひきこもり生活を目指しました(*^-^*)

【追記】

その後は好きなキャラのグッズだらけとなりました。

あとは、好きな作品作りの作業部屋になっています。

 

1ヶ月以上、まったく家から出ない時期もありました。

コロナ過となり、そのまま自粛生活となりました。

自粛生活を先どっていた形となりました。

 

厚生労働省のホームページに、ひきこもり施策について書かれています。

そこに ひきこもりの定義が記載されています。

「仕事や学校に行かず、かつ家族以外の人との交流をほとんどせずに、6か月以上続けて自宅にひきこもっている状態」を「ひきこもり」と呼んでいます。

「ひきこもり」は、単一の疾患や障害の概念ではなく、様々な要因が背景になって生じます。ひきこもりのいる世帯数は、約32万世帯とされています。

引用元:厚生労働省

 

32万世帯近くもいるんですね。

娘は学校に行けず、家族以外の人とほとんど交流がなく、6ヶ月以上自宅にいます。

ほとんどって書かれている部分が曖昧だけれど・・・まったくではないけど、ほとんどですね。

 

学校に行っていれば、ひきこもりじゃないってことですね。

毎日のように夕方登校していた時期は違う?

学校の滞在時間が15分~30分ぐらいじゃ ほとんどかな?

 

自宅で仕事をしている人もいますよね。

コロナの影響でテレワークも浸透しました。

そんな私も、ずっと前から在宅ワークをしています。

でも、ひきこもりじゃないです。

 

心と身体の状態、その背景も含めて、何かしら問題がある状態ということです。

特に、社会との接点が焦点ですよね。

 

似た言葉で「ニート」もあります。

ニート(イギリス英語: Not in Education, Employment or Training, NEET)とは、就学・就労していない、また職業訓練も受けていないことを意味する用語である。日本では、15〜34歳までの非労働力人口のうち通学・家事を行っていない者を指しており、「若年無業者」と呼称している。

ウィキペディア

 

ニートは若年層です。日本では15歳~34歳までが該当します。

この言葉の発祥であるイギリスでは16歳~19歳です。

年齢の定義は知りませんでした。独身の若年無業者が対象です。

 

娘は現在14歳。と言うことは、来年から、学校に行かず、バイトもしていなければ、ニート!?

ひきこもりは6ヶ月、そしてニートは年齢が関係あるってことですね。

娘が不登校にならなかったら、これも知らなかったわ(^▽^;)

 

きっと変わる。成長する。そう思って見守っています。

娘のような「ひきこもり」もいるということを理解していただけたら。

罪悪感を持たせないように、あたたかく見守る社会であってほしいと思います。