100人以上の不登校体験談

先生からの声かけで復帰|不登校日数が就職活動に重くのしかかった現実

この記事では、募集した体験談を紹介します。

 

書いてくださった方本人
不登校となった時期高校2年生
きっかけ友人関係
その後の進路などアルバイト
学習方法

ハム鉛筆

高校2年の時、学校に行くのが嫌になり不登校になりました。

 

大きな理由は、高校1年の時の友人のほぼ全員が留年したり、学校を辞めたりしてしまって、同級生に親しい友人がいなくなってしまった事です。

 

また、学校を辞めた友人から遊びの誘いがあった事もあります。

 

 

高校1年の頃からアルバイトをしていたので、卒業できなくてもこのままアルバイトをしていれば大丈夫と、そんな考え方もあり、テストの時以外は学校に行きませんでした。

 

教師や母親から何度も学校に行くようにと説得、叱責を受けました。

 

でも、特に心に響かなかった事を覚えています。

 

 

期末テストの少し前に、「国語の授業にあと1回来なければ出席日数が足りなくなって留年が決定する」と連絡が入りました。

 

時同じくして、社会科の教師からも「期末テストで70点以上を取らなければ赤点決定」との連絡が入りました。

 

 

授業を受けずに受けたテストは、国語以外の教科が赤点で、それら全ての教科が次の期末テストで70点以上出さなければ赤点決定です。

 

 

わざわざ連絡をくれたのは社会科の教師だけで、担任でもあった数学の教師ですら何も言ってきませんでした。社会の先生は、いい先生でした。

 

そんな単純な理由から、期末テストまでは学校に行ってみようと登校しました。

 

 

そして、授業を受けて挑んだ期末テストの結果は、数学と英語以外70点クリア。

 

そうなると留年したくないという思いが芽生えました。

 

後1回休んだだけで国語の出席日数が足りなくなる事もあって、毎日学校に行くようになりました。

 

 

無事に3年に進級で来た頃になると、周りの悪友からの遊びの誘いもなくなり、学校内に新しい友人ができ、たまにしか行かなかった学校をたまにしか休まなくなりました。

 

こうして就職活動に入りました。

 

学校に来る求人から何社も面接を受けに行きましたが、結局内定をもらう事が出来ずに卒業する事になりました。

 

面接で必ず聞かれた事は70日以上もの欠席の理由です。

 

1年に出来た友人が2年でいなくなった事など、社会では理由になる訳がないのです。

 

葉っぱ区切り線

全日制高校で不登校となると、留年、退学の心配が出てきます。そのリアルなお話です。

 

教科ごとの先生から、それぞれ連絡があるんですね。対応も違う。

 

さらに この体験談は、その先の就職活動にも影響した、現実の厳しさも語ってくれました。

管理人より

 

他にも、たくさんの経験談を紹介しています。
まとめ記事はこちらです。

不登校とその後の進路|本人・家族・関わった方の体験談