100人以上の不登校体験談

主治医とのこれまでのこと|診断・検査・投薬・カウンセリングについて

主治医とこと

私は娘の主治医のことを信頼しています。

この医師と出会えて心から良かったと思っています。

どれほど助けられたか。今回は主治医について書きます。

ハムドクター

主治医は総合病院の小児科医です。

もう、かなり年配です。おじいちゃん先生ですね。

娘が小1の頃、そう呼んでいました。

あの頃は無邪気に椅子に座りながらクルクルと回っていましたね。

診察室、医師の前でも緊張感はなかった。

 

小児科医として、不登校の子どもたち、発達障がいの子たちと30年以上接してきた。

今の子どもたちの親の世代からとおっしゃっていました。

実際、中学の先生方も知っていました。

この先生にかかっているなら安心と言われました。

 

近所のかかりつけ医もみんな知っていて有名な医師です。

専門は漢方。小児漢方の本を出版されていました。

小児科だけではなく、漢方外来も診察しています。

いくつもの病院をかけもちしているので、月一でしか診てもらえません。

お忙しそうです。とても偉い先生だと思います。

 

最初に出会った時に、すでに総合病院の副院長でした。

ちょっと調べると名前がネットでも出てきます。

けれど、とても気さくで、なんでも話すことができる雰囲気を持っています。

他のお医者様とは明らかに違います。

 

遡ると、出会いは赤ちゃんの頃の1本の電話でした。

当時、予防接種の副反応で大変なことになったんです。

最初にかかった小児科で、日本で珍しい症例、すぐに治療が必要だと。

保健所も巻き込んで大騒ぎに。結局、アレルギー反応だったようです。

 

市の健康課、総合病院では大丈夫との診察。

ネットで写真を見せて情報を募ったりもしました。

私は心配で母乳も止まり眠れないぐらいに。

 

そんな時に自宅に知らない医師から電話があったんです。

「大丈夫だよ」って。それが今の主治医です。

ことを収めてくれました。今でも予防接種は慎重に接種をしています。

 

時が経ち、娘が1年生の時、登校渋り、体調不良があった。

その時に診察したのがこの医師。

私は名前を覚えていたので、あの時のお礼を言いました。

とても珍しい症例だったので、医師も覚えてくれていました。

 

この時、娘の体調不良の検査が目的で受診しました。

学校に行く前に腹痛を訴えていました。

検査結果は異常なし。これで終了だと思った。

 

けれど、医師は心が大切。しばらく、私だけでも通うようにと言われました。

漢方薬も処方されました。

赤ちゃんの時からの様子も聞かれました。幼稚園での様子などもすべて話した。

 

頻繁な熱の原因も心からかもしれないと言われた。

年少で1/3休んだ子。園バスに乗れず送迎を1年しました。

給食を食べない。当時から、周りと同じことは難しかったんです。

ただ、そんな幼い子が心からで熱を出すとは考えてもみなかった。

 

そこから4ヶ月ほど、漢方を飲み続けて、私がカウンセリングに通いました。

付き添い登校の様子など話していました。

漢方薬の効果もあり、娘が安心し、よく眠れ、腹痛等の症状も消えていきました。

 

夏休み明けも順調に子どもが登校できて終了となりました。

この時は不登校にならなかったんです。

学校と連携して、なんとかなった。原因もわかりやすかった。

まだ、幼くて適応できたからかもしれません。

 

最後に言われたんです。

この子は繊細な子。発達障がいではないと思う。

でも、サポートが必要となってくるかもしれない。

まだまだ、これからたくさんの壁にぶつかる。また、困ったら来なさい。

 

医師のカンだったのかな。やっぱりすごいですね。その通りとなった。

そこから7年後に、主治医のもとを訪れることになりました。中2の秋です。

以前の総合病院に名前はありましたが、電話をしたら初診を受けつけていなかった。

 

ネットで調べて、ある小さなクリニックで漢方外来をしていることを知った。

電話で説明して、すぐに予約を取った。

娘が体調不良、学校が怖いと訴えた日、この医師の顔と言葉が真っ先に浮かんだ。

この医師に診せよう。そしたら、学校に行ける。きっとまた回復する。

心のどこかで、そのまま不登校になる気もしていた。

深刻なんだと感じていました。

 

絶対に不登校にしたくない。学校に戻すことしか考えていませんでした。

娘も、おじいちゃん先生のところなら行くと言いました。

娘自身も学校に以前のように通いたかったんだと思う。

 

きっと治してくれるんだと、隣の市まで電車の往復で4時間以上かけて行きました。

当日、かなり時間をかけて話を聞いてくれました。

学校での様子も聞かれた。

 

私は この時点では、体調不良だけだと思っていた。

実際、起立性調節障害の検査をすぐにして診断された。

起立性調節障害にもついても詳しかったです。

 

主治医はこの薬で学校に行けるかもしれないと。

漢方、血圧を上げる薬、よく眠れる薬、たくさんの薬が処方された。

体調不良が原因だけなら行ける。10日後に変化を聞かせてほしい。

医師はそう言った。ただ、「だけなら」って言葉がひっかかりました。

 

これで前みたいに治るんだと二人とも信じた。

帰り道、二人とも明るかった。

明日は学校に行こう。娘も明るく言っていました。

寝る前には ちゃんと翌日の学校の支度した。

 

でも、薬を飲んだ翌日から娘は起きなくなった。

本格的な不登校となりました。

お昼まで意識を失ったように寝て、何をしても起きない。

光や音に過敏な子がずっと眠り続けている。

 

なんとか起こして学校に行かせようとすると、頭痛吐き気がさらにひどくなった。

頭痛薬を飲んでも効かない。尋常じゃない様子。

 

お友達が待っていても玄関から出られなくなった。

担任とやり取りして遅刻をしてでも、最初は行かせようとした。

けれど、どんどん症状が悪化していった。

これ、やってはいけない対処ですよね。今ならわかります。

 

娘はなんで?どうして治らないの?と泣き叫んだ。

どういうこと?薬が合わない?副作用?10日後に受診した時に様子を伝えた。

受診した日が、朝から登校、給食を食べた最後の日となったんです。

 

主治医はこれではっきりした。最初から「心」の方だと思った。

この子は休む理由がようやくできたんだよ。

こうやって自分を守ってる。そんな話をしました。

 

私は意味がわからなかった。

休む理由?悪化した。どうしてこんなことに。

学校に行けるようになるって言ったじゃない。

受診しなきゃ、診断がつかなきゃ学校に通えていたの?

心の中でそう言ってました。

 

そんな私の表情を見て医師はすべてを見透かしたように言った。

もしかしたら、何かのタイミングでふっと行けるようになるかもしれない。

それが、すぐかもしれない。半年後かもしれない。

このまま中学にはもう通えないかもしれない。

このまま不登校となっても、中学に行けなくても、この子は変わらない。

何があっても守る。親は覚悟は必要。腹をくくりなさいと言いました。

 

この時は厳しく感じましたね。いつもの医師の柔らかい表情ではなかった。

もともとの経過や信頼関係がなければ、もう通わなかったかもしれません。

この医師なら、なんとかしてくれる。今回は違った。

 

これだけの医師が、中学にはもう行けないかもしれないって言った。

この医師の言葉は重たかった。ものすごい絶望感でした。

実際、この通りになりました。そこまでには、いろいろとあったけどね。

娘が話すようになってから少しずつわかってきた。

やっぱりすごい医師なんですよね。

 

ショックでダウンコートを診察室に置いたまま外に出てしまった。

寒さも感じない、もう呆然としていました。

寒いだろって主治医が届けに来ました。

帰り道に泣いた。どうしてこうなったんだろうと。自分を責めた。

 

ちなみに、2回目から しばらく1人で受診しました。

もう、娘は電車に乗れる状況になかった。電車も人も怖いと。

自分に起きているわからないことを聞かれる。話したくない。

自分の言葉で説明できないんです。表現ができないんです。

ひきこもりのようになっていきました。

 

数か月後、本人を連れていける場所に転院しようとなり、今の病院に変わりました。

親だけだと費用が別となる。医療費の問題が出てくるんですね。

転院するために、近所の内科医に紹介状を書いてもらいました。

家から車で10分かからない総合病院です。小学校の時の病院です。

そこで月1、再診をしていました。紹介状があれば医師が同じで転院ができました。

 

それでも、慕っていた医師とも会いたくない。聞かれたくない。

子どもは受診を拒み続けました。なんとか病院に来ても診察室には入れない。

子どもは待合室にいて、私一人で診察室に入ることが続いた。

聞かれてもわからないから。そんな好き好んで診察室に入る子どもはいない。

それが当たり前だよと医師は言っていました。

 

ただ、ある日 本人と会わないと進まない。

お医者さんが会いたい。少しでも話したいと言ってると伝えてほしい。

今日の夕方 もう一度待ってると言われました。

娘に話して、なんとかして連れ出したこともあった。

総合病院で1日に2回の受診。特例ですよね。

このままだと、この子の心が潰れると本当に一生懸命やってくれた。

 

コロナの休校中、元気になっていった。

その時だけ、受診をキャンセルしたことがあります。

コロナ禍だし緊急性はない。このまま復帰できるかもと親子で思った。

 

でも、分散登校に1日行っただけで、以前のように学校に行けなくて苦しむこととなった。

その時、娘自身が病院に行く。検査も受ける。カウンセリングも受ける。

そう言いだしました。

 

今は自然に診察室に入っています。

臨床心理士のカウンセリングも受けています。

自分の言葉で自分の心の中を伝えることができるようになってきた。

 

ウィスクの検査も受けました。そこまでに半年かかりました。

本人の意思で受けないと意味がないから。

どんなことにも本人の気持ち、そして動き出すタイミングがあります。

 

私が一人で診察室に入っていた時、話をして安心した。

私のカウンセリングをしているようなものですね。

なんで?という質問に、時には怒られることもあった。

ほんとうにそう思ってるの?まだ、わかってないなって。

 

主治医は

学校に行っても行かなくてもいい。

学校に行けなくても大丈夫。

学校に行かなくても大丈夫。

 

それを娘に伝え続けた。罪悪感をなくすためです。

お医者さんがそう言っている。違うんです。

 

学校に戻したい私は、最初の頃は複雑でしたね。

主人が一度付き添ったことがありますが、まったく理解できないと言いました。

この医師のことは信用している。だけど、やっぱり理解できないって。

 

それも医師に伝えた。家族でもそういうもんだって。

特に父親は難しいようですね。

その状況が一番つらいのは子ども自身だよって言われました。

 

私は、途中から受け入れて腹をくくったんです。

ずーっと1年以上通って、ほんとに少しずつです。

主人も、今はなるようにしかならないと言っています。

 

起立性調節障害の投薬治療は半年ぐらいで終わりとなりました。

発達障がいは、わかるようなハッキリとした凹凸はなく、やっぱり診断はついてないです。

繊細な子。HSC、気質・・このあたりは難しいと。

変えられるものではない。考え方を少しずつ変えていく。

 

心の状態、不安障害は長くかかると言われています。

なんとかなる。学校よりもこの子の長い人生が大切。

子どもは成長していく。それを見守る。

できることを認めてサポートする。

 

家族だけではなく、専門の知識を借りる。

親が先に潰れたらいかん。そんなことを言われてきました。

 

なんでも相談してきました。疑問をぶつけてきました。

基本的には優しく、でも時々厳しく(私がそう感じただけかも)

たくさんのたとえ話をして、わかりやすく説明してくれました。

それでも、すぐに理解できなくて、しばらくしてからやっとわかったこともあります。

私の意識改革、固定観念、価値観をぶち壊してくれました(*^-^*)

 

最近、診察室で、娘が作った作品の写真を医師に見せています。

とても褒めてくれます。これも才能だよと。娘は嬉しそう。

こんな感じで、診察を月1、カウンセリングを週1で続けています。

 

発達障がいについて話していた時に、私自身もそうだと思うって話したら、主治医が俺もそうって言いました。

発達障がいについても深刻には話しません。

診断も病名も無理にはつけません。薬も今は処方されていません。

薬が反対なわけではない。児童精神科で薬の処方の話が出たこともあります。

 

苦手なもんは無理してやらんでいい。

まわりに必死で合わせようとする。

他の子よりも頑張らないといかん子。疲れてしまう。

ちゃんと食べて寝れりゃそれでいい。

なんとかなるから。娘はその言葉で安心して帰ってきます。

 

もうすぐ、中学卒業。いつまで受診できるかわかりません。

この医師もいつまで診察を続けるのかわかりません。

聞いた時に、中学卒業ぐらいが目安だけれど、継続している場合は急に切り替えなくていい。

高校生も時々来てるよって言ってました。いつかは卒業しなくてはいけないね。

 

不思議な縁から始まり長い付きあいとなりました。

学校に復帰できていない。当初の目標の受診とは違います。

 

親は学校に戻したいと受診する。

医師は子どもの心と身体の健康を目標とする。

不登校、学校復帰は、これほどの専門知識、経験のある医師でも簡単に解決できることではないんです。

 

子どもが不登校の状態になったことへの解決 = 学校復帰 だけではない。

学校復帰ができるパターンとできないパターンがある。

発育過程で解決できる時期とできない時期がある。

ここまではなんとかなっても、そこからは無理ということも。

その逆もある。環境、周りの接し方で子どもは成長し、変わっていく。

どうなるかわからないんです。

それをこの医師から学びました。

 

書きたいことを書き続けていたら、5600文字に。

長くまとまりのない文章になってしまいました(;´∀`)

 

ちなみに、主治医に 私が話すことより文章を書く方が好き。

だから、ライターやブログをやっていると話したこともあります。

さすがに、このブログは見せていませんが。

ほんと、なんでも話してますね(*^^*)