100人以上の不登校体験談

誤解から友達とトラブル|信じてくれなかった学校と信じてくれた母

 

私自身が不登校の経験があります。中学生の頃です。

いつも仲の良い女子6人でグループになっていました。

ある日、登校するとそのグループのうちの1人にひとけのない廊下に連れていかれました。

そしていきなり腹部を殴られました。

女の子のパンチなので怪我にはなりませんでしたが、私は驚いて泣きました。その友達も泣いていました。

通りかかった先生が異変に気づいて友達の肩を支えて他の先生を呼びに行きました。

私は立ち尽くしていました。

すぐに保健室の先生が来て相談室へ連れていかれました。

その先生が聞いた話によると、その友達の机に連日変な手紙が入っていて、その字体が私の字にそっくりだったようです。なのでムカついて殴ったと。。

その手紙には、死ね、消えろ、ブスなど定番の悪口がズラズラと書いてあったようです。

私は身に覚えがなくて、濡れ衣を着せられ殴られただけと言っても先生は聞く耳を持たず、私を犯人だと決めつけました。

胃が痛いですと先生に言うと、殴られたんだから痛いのは当たり前、あの子の方が傷ついていると言われました。

それから教室に行くとクラス全員から冷たい視線を向けられそのまま1日を過ごしました。

下校するとき、明日から休もう登校できないと決めて帰りました。

 

家に帰ると母が心配そうに待っていました。学校から連絡があったようです。

私はありのままを話しました。母は私を信じてくれ、そんな学校行かなくていいと言ってくれました。

翌日から私は学校を休みました。両親は休むことには何も言いませんでしたが、規則正しく生活すること、勉強に遅れがでないことを約束させられました。

学校を休んでいる間はもともと通っていた個人塾にお願いして、他の友達と会わないように時間を組んでもらい通いました。

保健室に登校するように学校から電話が何度もありましたが友達と会ってしまうリスクがあるので行けませんでした。

先生が週に一度様子を見に来てくれましたが不信感しかなく早く帰れと思っていました。

結局、卒業式まで不登校でした。卒業式にも出られず保健室で卒業証書をもらいました。

 

15年ほどたって思い返すと本当にくだらないことで学校生活が無駄になってしまったなと思います。

両親が、中学生になってもこんなに家にいてくれるなんて嬉しいと、本心はわかりませんがそう言ってくれたことが救いでした。