100人以上の不登校体験談

(閲覧注意) 不登校と自己否定感と不安と罪悪感と希死念慮

重たいテーマです。タイトルにネガティブなキーワードが並んでいます。

私自身、娘が私に不安を訴え 受け止めると引きずられそうになります。

考えない方がいいことなんですが、でも伝えたくて書いています。

伝えたいけれど閲覧注意としています。

負の感情に引きずられそうな方は読まないでください。

 

葉っぱ区切り線

 

 

不登校となってしばらくして 子どもが言った。

生きている価値がない。自分なんかいない方がいい。

「死」について考えるんです。

不登校となったことより、これが一番怖かった。それは今も。

 

まわりと同じことができなくなって自己否定感が強くなっていく。

今までのレールからはずれることは怖い。

取り残されていく。ものすごく不安の中にいる。

親も不登校が怖いけど、それ以上に子どもは怖い。

子どもは学校という世界しか知らないから。

 

不登校になった時点でもう心の充電が切れている。

今までのように楽しいと感じることができない。

だから、この先、楽しいことがないって思う。

学校に行けないことで楽しんじゃいけないという罪悪感も加わる。

 

せめて何か頑張って周りに認めてもらおうとする。

ちょっと頑張って、周りは喜び期待しても すぐに充電が切れてしまう。

周りの期待にこたえることができなくて、さらに自己否定感が強くなっていく。

 

子ども自身、自分に起きていることがわからなくて 周りにうまく説明できない。

辛いけれど、どう助けてほしいのかうまく伝えられない。

不登校になった時点から原因が はっきりしていない場合も多い。

 

子どもは学校に行けなくなるだけで、ここまで思いつめる。

その気持ちは自分へと向かう。それが自傷行為や希死念慮だと思う。

 

娘だけではない。そんな子ども達の言葉を目にする。

どうしたらいいんだろうか考えた。

考えても考えても どうしたらいいかわからなくて。

 

私自身も鬱状態になることがあった。

助けてくれようとする人の言葉でさえ、批判されているように聞こえた。

もう、心に余裕がなくて 正常な判断ができなくなる。

 

娘をずっと見てきて感じたこと

この流れが逆になっていくしかないのかと。

時を戻すのではなく、心の状態を戻していく。

 

自己否定感と不安と罪悪感をなくす。

心の充電をして楽しいと感じられるようになる。

外の世界に目を向ける。学校以外の世界を知る。

そこから楽しいことを見つける。

 

言葉にするとわかるんだけど、これが難しい。

学校に行きたくてもいけないと学校以外になかなか目が向かない。

ひきこもってしまうともっと視野が狭くなる。

 

自己否定感の反対は自己肯定感。

今、できることを認めていく。

無気力な状態からだから、ほんとに些細なことから。

小さなことを積み重ねていくには時間がかかる。

信じて見守るだけって言いますが、この状態の時期は見守るのは怖いです。

 

人に傷つけられることもあるけど、どこかで誰かと繋がって助けられながら生きている。

学校と家族だけではなく、世界を広げたら出会う人も増えてくる。

空を見ていると無限だよね。その下にはたくさんの人がいる。

その中には自分と同じような人がいる。

 

ネットでもいいから、辛くなくったら気持ちを吐き出してほしい。

その気持ちをわかる人達が拾い上げてくれるから。

 

私自身も子どもの頃から生きづらさを感じてきた。

みんなと同じことをするのが難しい子でした。

兄、妹と同じようにできなくて、親からは叱られてばかりでした。

子どもの時、同じように感じたことがあった。消えたいって。

 

今50代です。確かに辛いこともいっぱいあったよ。

けど、楽しいこともたくさんあった。

海外にも行った。綺麗な景色もたくさん見てきた。

空だって見る場所によって全然違うから。

不思議な縁もたくさんあった。

 

近くにいなくて どうしてあげることもできない。

でも、生きていてほしいです。

頑張れなくなったら 何もしなくてもいい。

を見て風を感じて深呼吸してください。

 

今が苦しいから考えられないかもしれないね。

よく頑張ってきたね。

辛かったね。

たくさん我慢してきたね。

 

時が経ち、学校や家から離れて 自由になれるときが来ます。

それまで どうか生きていてほしい。

ただ、生きていてほしい。