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不登校の原因の1つ|教師からの叱責のトラウマ、フラッシュバック

不登校には、わかりやすい原因があるタイプとわからないタイプとあります。

娘はわからないタイプです。

でも、わからないなりに、子どもと向き合っていくうちに 気づくことがあります。

 

不登校は学校という環境、先生、生徒もやっぱり関係あります。

実際、学校側が考えている原因と当事者が考えている原因には違いがあります。

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実際に、体験談の中にもいくつもありました。

もちろん、教師の対応や言葉で救われた子ども達もたくさんいました。

でも、先生の叱責から 学校に行けなくなった子も多い。

こういうと、家庭内の問題もあるのに責任転嫁という声も聞こえてきそうですが、子どもの心の中で起きることとして、わかってほしいという思いで書きます。

 

今日、娘と一緒に買い物に行ったときに娘の名前を呼ぶ女性が。

子どもを連れていた女性で、最初は自分の子どもの名前を呼んでいるんだと思った。

でも、もう1回呼ばれた。そして、「3年生の担任でした」って言う。

あ・・・〇〇先生! 私も思い出しました。

 

それにしても、7年経ち お互いマスクをしています。目しかわからない。

当時とは かなり変わっていると思う。すれ違っただけでわかるとはびっくりです。

 

この先生には本当にお世話になったんですね。

一人の子が指示を出して、娘と口をきかないようにした。

娘には全く非がないんです。

 

このボス的な存在の子は、幼稚園から同じことをいろんな子にしてきた。

周りは怖くて従うしかない。娘と口をきいたら怒られる。みんなで一斉に避けた。

たまたま学校の方に私が行った時に見てしまったんです。

下校途中に避けられている場面を。娘は見られたくないと引き返した。

帰ってから それとなく聞いて、ようやく話した。

 

先生もそれに気づいた。でもね、その子たちの親は気づいていない。

先生が指導したことによって、うちの娘の被害妄想のように言われた。

自分の子どもは悪くないって思うの。

先生は娘が悪者にされた。違う。悔しいって言っていました。

 

ボス的な子は先生の前では仲直りのふりをした。演技です。

この子たちと離れた方がいい。別の子と仲良くなるようにきっかけを作ってくれた。

別のグループへ、別の友達と一緒にいるようになった。

娘が一人の時は手紙を書いてくれたり、学校でずっと娘の味方でいてくれた。

その頃は不登校にはならなかったですね。

 

娘を避けていた子たちは、半年後ぐらいに 家に謝りに来ましたね。

怖くてやった。あの時はごめんなさいって。クラスも担任も変わり 忘れた頃です。

いろいろあったなぁって私は思い出した。

でもね、娘は違うことを思い出していました。

 

「〇〇先生懐かしいね~。いい先生だったよね」って私が言ったら、「先生にいい思い出はない」って娘の顔色が変わった。

懐かしい話ができると思ったんです。この反応に戸惑いました。

 

突然 違う先生の話題へ。聞かなくても、娘から話し続けた。自分から話さない子が珍しいです。

嫌な記憶が一気によみがえったみたいです。

1人の先生の話、小学6年生のある教科の先生。担任でもなく、副教科の授業の先生。

娘は名前も言いましたが、私は知らない先生。

そんなもんなんですよね。本当に嫌なことは話さない。

 

5回も呼びつけられて叱られた。

先生の話が終わって戻ろうとしても、まだ話が終わってないと呼び戻された。

何もしてない。なんでかわからない。

それを伝えたら、言い返すなと怒られたから ただ黙って聞いていた。

 

みんなの前だった。泣いたけれど誰も何も言わなかった。

みんな知っていたのに。自分じゃないのに。

授業が終わって 担任が戻ってきた。

泣いていても気にせず、何事もなかったように次の授業を始めた。

 

そんな話でした。その時 言わなかったの?って言いそうになったけれど、ただ聞くだけにしました。

6年の担任は良い先生だったんです。

娘が学校に行き渋った時も家に来てくれて、良い先生だと私は思っていた。

でも、娘は その時のことがあって信用していないことがわかった。

親が良い先生だと思っていたけど、娘にとっては違ったんですね。

全然わかってなかったんだなぁって。

 

この話、不登校となって半年ぐらい経ったときに少し聞いた。

突然、泣きながら話した時がある。夢で出てきたって。

部活でのできごと、あと 先生だと。

 

中学の体育の先生と、この小学校の先生のことを少し話していた。

でも、私は過去のことで、この先生が一番のトラウマだとは思っていなかった。

なんで今頃?と思った。

 

この先生の存在によって、先生には自分の意見が言えなくなった。

先生には絶対に言い返してはいけない。ただ聞くだけ。

先生が怒鳴るのが怖い。自分にじゃなくても聞いているだけで怖い。

みんなの前で叱責されたこと、その時の視線が忘れられない。

 

娘の心に大きな傷を残した。トラウマになった。

記憶を封印しているのか、こうやって後から出てきます。

4年経った今、久しぶりに出会った小学校の先生をきっかけに話し出した。

 

私の子ども時代の方が体罰もあり、叱られ方も厳しかったと思う。

理不尽なことでたくさん怒られましたね。

友達と先生の悪口を言ってました。むかつくーって。

そこまで記憶に残っていません。さっさと忘れたいし。

 

このできごと、それぐらいでって思う人もいるでしょう。

娘だから、ここまでになったのかもしれない。

 

良い先生もいたけど(と私は思っています)、娘は嫌な記憶の方がはるかに大きく残っています。

これも不登校になった要因の1つなんだと思う。

でも、小学校の出来事で、中2になってから不登校になっています。

直接的ではないんですね。

 

家庭(私の育て方)、発達面(娘の気質、二次障害)、体調(起立性調節障害)と学校での環境。

先生や友達、勉強、体育・・・原因はないようでいっぱいある。

子ども自身も親もわかっていないこともある。

 

時間がたって、こうやって何かの拍子に子どもから話し出します。

これも特性の1つでフラッシュバックなのかな。

嫌なことをなかなか忘れられない。

ここまでになるって、子どもの心の弱さとは別の気がするんです。

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