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不登校の子の親として|ゆたぼんの中学校不登校宣言の賛否に思うこと

不登校宣言

最近、「不登校」が議論されています。よく、ネットの記事になっていますね。

「不登校」という文字を見ると反応しちゃいます。心がざわざわと。

 

記事に対して多くのコメントが並んでいます。

このコメントを読むと、世間の不登校に対しての考え、学校に対する考え方がわかります。

まず、不登校の経験がある人、不登校の子と関わった人と、全く関係なく過ごしてきた人では全然違います。

それは仕方がないこと。私自身もそうだったから。

 

今、不登校の子を持つ母親として思ったことを書きます。

「不登校」という言葉でひとくくりに議論されています。

不登校のパターンは全部違います。本当に多種多様。

でも、大きく分けるとすれば3つだと思います。

(小中学校までの不登校についてです。)

 

このサイトで多くの体験談を募集しました。

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① 学校に行かせない。

これは問題。義務教育は子どもが教育を受ける権利です。

親は子どもに教育を受けさせる義務がある。

それは学校に行かせないといけないということとは違う。

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② 学校に行かない。

あえて、学校に行かない選択をすることです。本人の意志、希望。

今の学校が合わない。行く意味を感じない。

集団行動、同調圧力、強制のような、今の日本の学校のシステムが苦手。

そんな子もいます。わがままとはちょっと違う。

適応できなくて、適応しようとすると、他の子より何倍も疲れる。

大多数は学校に行っているので少数派となります。

 

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③ 学校に行けない。

行こうと思っても行けない状況になってしまうことです。

行けなくなる理由も子どもによって様々です。

 

いじめ、交友関係で行きたくない子。

先生や学校に問題があっていけない子。

体調不良やメンタル面で行けなくなる子。

背景に発達障がいがある場合。

疲れ切ってしまった子。充電切れです。

理由がわからないけれど、どうしても行けない子。
(何それ?って思わないでくださいね。これ、多いんです。)

 

何かのきっかけや積み重ねで行けなくなってしまった子たち。

不登校になった時点で、もうどうにもならない。頑張れない。

この場合、学校に行こうという気持ちがあるので子どもは苦しみます。

親も受け入れるまでに苦しみます。

我が家はこのパターンです。

 

簡単にいうと、②と違って明るい元気な不登校じゃないんですね。

必要な不登校です。

私の意見は、学校に行く行かないより、まずは、子どもが心身ともに健康であること。

学校がその成長となる場所であるなら行った方がいい。

 

将来の選択肢がどうとか、その前に、まずは元気じゃなきゃだめなんです。

そして、行けないものは仕方ないんです。

行った方がいいと言われても行けない状況。

 

だから、不登校を語る時は、こういうパターンがあることをまず知識として持ってほしい。

そのうえで議論してほしい。

 

①の学校に行かせないは、周りの大人がなんとかしないといけない。

②の学校に行かないは、それが本人の意志ならばいいんです。

学校に行かないことが最良の選択ならば尊重すべき。

 

ゆたぼんの場合は、本人がYouTuberとして自分の意見を発信しています。

不登校宣言、中学校も行かないと。なら、問題がないパターンなんです。

 

ただ、中学校に行ってみて、やっぱり自分の居場所はここではないと感じて決めたわけではない。

本人が決めて、それを親が理解してサポートする。

順番がそうじゃないように見えること。必要な不登校とは思えないこと。

だから、議論が起こっています。

 

②と③の場合、今の学校以外に選択肢があれば行けるようになる可能性があります。

もちろん、ホームスクーリングも1つの方法ですが、家以外の居場所を見つけようとした場合です。

現状として、選択肢は高校からは広がりますが、義務教育中は選択肢自体が少なく、居場所を失ってしまう。

そうして、引きこもりとなってしまう子がいます。

 

私は不登校の子の親ですが、学校は必要ないとは思っていません。

同級生との関わり、勉強もできればした方がいい。

学校に行った方がいいと言っている人の言葉もよくわかります。

 

学校に通っていた方が選択肢が広がるのは事実でしょう。

もちろん、不登校となっても選択肢はあります。

でも、ゆたぼんのように、あえて選択肢をなくす必要もない。

 

あと、クラスメイトをロボットのようの発言もあえて言う必要はない。

社会に出るには、かかわりは必要。

周りの人を尊重して、多種多様な生き方があると認めるべき。

自分が認めてほしいなら他者に対しても。

この記事が議論の中では、一番しっくりとくるかも。

参考 EXIT・兼近 ゆたぼんの“中学校不登校宣言”に持論、自身の経験談交え「凡人の凄さを知って欲しい」Yahoo!Japanニュース

 

不登校を否定はしていないし、子どもの意見を尊重したい。

それでも、ゆたぼんの発信は正直違和感を感じます。

こういう選択肢もあるのだと肯定的に捉えることで救われる子どももいる。

でも、学校は行くのが当たり前、わがままだと、そんなコメントも目にする。

 

学校に行けないことで罪悪感を抱えている子。

学校に行こうとして頑張ろうとしている子もいます。

そんな親子たちを追いつめないでほしい。

 

世間が不登校、学校について考えることはいいことだと思う。

でも、違う方向に話題性として行ってしまう気がしてならない。

動画として配信している。そこには子どもと言えど責任が伴う。